2013 2月の記事一覧

体育同志会の機関紙「同志会情報」114号

体育同志会の機関紙「同志会情報」114号を追加致しました。
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カテゴリー: NEWS

新刊書籍のご案内。新学校体育叢書「水泳の授業」が発刊されました。

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「体罰を苦にした運動部員自殺事件に対する私たちの見解」

「体罰を苦にした運動部員自殺事件に対する私たちの見解」を表明します

2013年1月26日
学校体育研究同志会
全国常任委員会

大阪市立桜宮高校の運動部員の死は、この学校・顧問教員にとどまらず、全国の学校関係者や部活動指導者・スポーツ指導者になげかけられた問題です。人類が生みだし発展させてきた運動文化を継承・発展させていく、その主人公に子どもたちを育てることを中心にすえて研究・実践してきた私たちは、この事態を重く受けとめています。そこで、主要だと思われるいくつかの論点について私たちの見解を表明し、私たちの会内外の方にもご意見やご批判をいただき、この問題をともに考え、体罰の根絶に向けてともに取り組んでいきたいと思います。

1.体罰は学校教育法で禁じられています。しかし、体罰が反教育的であるとの規定にもかかわらず、なぜ部活動で体罰が後を絶たないのか。それを解き明かすためには、法規定にもかかわらず体罰を加えている現実を見据えなければなりません。それがどのような構造的、体制的な問題地盤の上に成り立っているのか、これを明らかにする必要があると考えます。

2.部活動は、日本の学校教育においては紆余曲折を経てわが国独特の変遷をたどって今日にいたっています。そして現在、学習指導要領においても学校教育活動としての意義(自主性や自発性、文化等に親しむ)が認識され、教育課程外の活動として位置づけられています。それは、部活動がよりいっそう生徒の自主的運営、主体的参加による活動となることが期待されているからです。そうであれば、指導者の指導計画は柔軟かつ双方向的であることがのぞまれます。部活動が生徒部員たちにとって「自分たちのためのもの」であること(主体性)、および部員外の生徒にとっても「学校全員にひらかれたもの」であること(開放性)が担保される部活動の組織体制と民主的運営が維持されなければならないと考えます。

3.運動部における技術指導においても部員主体による技能向上が尊重されなければなりません。特にスポーツのプレイ場面においては、プレイヤーの的確な状況判断と自信に満ちた意志決定、味方プレイヤーとの巧みな意志伝達と感情交流、独創的な戦術的判断が高い競技力をおさめるうえでは求められます。これは、もはや世界のスポーツ界の常識となっています。そうであれば、質の高いスポーツを部活動で経験させる意味においても、プレイヤー本意で指導されなければならないでしょう。したがって技術指導は合理的で知性的であらねばならず、個性と共同性が発揮されるように努めなければならないと思います。それは「コート上」の指導のみならず、ベンチワークにおいても、日常の練習においても貫らぬかれていなければならないと考えます。

4.これまで部活動は、顧問教師の勤務時間外の奉仕的指導に支えられてきました。現状では、科学的、専門的知識や技術および指導力も自前で身につけなければなりません。このことが一方では指導力不足と無責任体制という弊害を生み、他方では独断と強権的な指導体制という弊害を生んできているのではないでしょうか。学校教育において部活動を実施していくのであれば、人材確保、研修制度の確立、時間外手当の支給などの経費の公的負担を講じていくべきです。こうして指導者は職務としての責務を果たしていくことになるでしょう。

5.スポーツ基本法が謳うように「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、すべての人々の権利」です。国や自治体は「スポーツ基本計画」「地方スポーツ推進計画」に「体罰の根絶」のための具体的計画を策定するべきです。私たちは「安全で公正な環境で日常的にスポーツを親しむ」ことを求めて保護者は子どもの不利益に声をあげていくことが大切となりました。体罰が教育条件の不備や学校経営のゆがみに起因することはないか、子どもの利益という一致点で指導者も保護者も連携をはかって、まっとうな部活動をつくっていく運動を大切にしていきます。

6.営利ビジネスにおける競争原理が学校に持ち込まれ、目標管理や労務管理に適用される「教育改革」なるものが問題を一層深刻にしています。これが部活動における成果主義が学校間競争や人事考課に用いられ、学校管理職と部活指導者を勝利至上主義へと駆り立て体罰を誘発・黙認させているといえます。さらに、学校全体で一人ひとりの生徒を育てるといった教師間の同僚性が失われつつあります。これでは部活指導者が孤立し、独走・暴走することになってしまいかねません。いまこそ「教育改革」の歪みをただし、じっくりと時間をかけ、部員と向きあっていける部活環境を整えていかなければなりません。

7.これまでながきにわたって日本のスポーツ界は部活動をよりどころに成り立ってきました。しかし、その限界はいまや頂点に達しています。各競技団体は独自の選手養成システムを立ち上げなければなりません。つまりチャンピオンスポーツと学校スポーツは両者の独自の意義を自覚して峻別されるべきだと考えます。そして、教育活動の一環としての部活動はその原点に立ち返り、全ての生徒が運動文化とふれあい、あるべき運動文化について実践を通して学ぶ場に完成させていかなければならないと考えます。

8.スポーツはその歴史的発生からして荒々しさを有しています。しかしその荒々しさは時代や社会の在り方にふさわしいものに創りかえられてきました。これからもそうあらねばなりません。人間のからだの能力と美しさ、自然との調和、偏見と差別を廃し、人間的自由と平等を拡大していくなかでスポーツは人類の貴重な共通文化となるでしょう。そうしたスポーツに対する見方を広め、深めていくことが必要です。マスコミ・ジャーナリズムはここにこそ社会的役割を発揮していってもらいたいと思います。体罰がいかに反スポーツ的かをひろく知らしめ、チャンピオンスポーツを追求する人々も部活動で指導する人々もあらゆる機会を通じて体罰を根絶する具体的な行動を起こすことが大切だと考えます。

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